セルフ・キャリアドックの有効性
セルフ・キャリアドックの有効性

──セルフ・キャリアドックの、有効性というところにおいて、人事の方に伝えるとするならば、どのようなことがありますか。

セルフ・キャリアドックの導入によって組織が活性化し、生産性が向上する可能性が高くなるといえます。

大事なことは、セルフ・キャリアドックのプロセスをしっかり回すことです。単にキャリアコンサルティングをして終わり、というのが最も良くないやり方です。面談を受けた従業員は「よかった」と言ってくれるかもしれませんが、それだけでは組織の活性化にはつながりません。

前述のとおり、ジョブ・クラフティングを支援し、働きがいと働きやすさを向上させることが肝心です。これによりエンゲージメントが向上します。エンゲージメントの向上は生産性の向上と、欠勤率・ストレスの低減につながることがいくつかの研究で示唆されています。

──セルフ・キャリアドックのはじめの一歩はどんなことをしたらいいですか。

セルフ・キャリアドックのはじめの一歩は、実は面談をする前からスタートしています。今の会社の状況、現状を把握するのが最初だと思います。逆にそれを把握していないと、なんのためのセルフ・キャリアドックなのかがわからなくなると思います。

経営者、管理職、特に人事は、「どうもうちの会社ってこんなところがある」「元気がない」「疲弊している人が増えている」「売り上げが伸びない」などに気づいていることがあると思います。これらが、組織内でどのようにして生じ、そして関連し合っているのかを把握することがとても重要です。

その問題解決がセルフ・キャリアドックの導入目的と導入動機になるからです。これを「組織の見立て」といいますが、見立てのない導入をしてしまうと「何の効果も見られない」とか、かえって「退職希望が顕在化した」という話になりかねません。経営者・人事の視点に加えて従業員の視点や制度の影響も考慮して、多元的に見立てをすることで問題の本質が見えやすくなります。そこに手を入れるわけです。

また、キャリアコンサルティングの面談では従業員の生の声・本音を聴くことができます。その声や本音と経営者や人事の把握とギャップがある場合が出てきます。実はこのギャップが組織改善のための重要なヒントになります。つまり、組織を見立てることは、セルフ・キャリアドックの第一歩であり、また実施後にも必要な行為なんです。

──その部分の理解がなかなか言葉にならないなっていう苦しみがありますね。

従業員の本音の声を聴くことが、組織の問題の核心をつくことになると言えます。従業員の本音を経営者が受け入れつつ、経営者視点と考えあわせた時に問題の核心が浮彫になるのだと思います。

これはアンケート形式のサーベイでは得難い情報です。サーベイでは、従業員の遠慮や組織・上司に対する忖度が影響して、本音がつかみにくい。これに対して面談は、「本音」で話すことを前提にしていますから、たとえ少数であっても、その声は会社の問題を象徴するものだと私は見ています。

ですからセルフ・キャリアドックは、従業員のモチベーション向上に加えて、とても重要な組織改善の大ヒントが得られる仕組みだと思います。

──セルフ・キャリアドックは、経営陣、人事の方が感じていることにリアリティが増して、経営戦略の部分で人的資源をどのように活用するのか、組織と人がつながり組織が強くなり、生産性へとつなげていく。そういったものが提供できるということになるのでしょうか。

そういうことになりますね。

ですから「セルフ・キャリアドックってなんですか?」って聞かれた時に、私は今まで厚生労働省が示す定義を説明していたのですが、これまでの話を踏まえると「働きがいと働きやすさを、個人と組織が一緒になってつくりあげていく仕組み」だと換言できるのではないでしょうか。

セルフ・キャリアドックの導入にあたって、キャリア面談とかキャリア研修という言葉が出てしまうのですが、それはあくまで手段であって、目的は「働きがいと働きやすさ」です。

「働きがい」っていうのは、自分の労働に何らかの価値があると自覚できる状態であり、社会に及ぼした影響を実感できるようにする必要があります。そのためには、そもそも個人が何を大切にしているのか、価値観の自己理解の機会が不可欠ですし、さらには「働きがい」を感じられる環境を企業が作っていく必要もあります。

ここでいう「環境」とは、各種の制度に加えて職場の雰囲気や人間関係も含みます。互いに「働きがい」や「働きやすさ」を生み出すために協力や工夫をできる職場にしていくことも重要です。そこにはマネジャーの力も大きく影響します。

ちなみに、多くの上司は働きがい・働きやすさが重視されたマネジメントを受けて育ってきていませんから、上司自身がどのようにサポーティブなマネジメントをして良いのかわからないのではないかと思います。ただ社会は少しずつですが、上司のサポーティブな影響力に注目し始めているようです。

というのは、最近、管理職向けのコーチング研修やキャリアカウンセリング研修を導入する企業が増え始めています。1on1ミーティングもその1つです。良好な関係構築によって部下の力を引き出すこと、それが上司の役割であり組織変革に重要であることを日本企業も気づき始めてきたようです。

組織の生産性と個人のキャリア自律は、「どちらか」ではなく「どちらも」大切です。生産性のみを追求すれば個人から搾取することになります。反対に、生産性を無視したキャリア自律を追求すれば組織は成立しなくなるでしょう。もちろん両立をするには克服すべき課題があるのは必然ですが、その実現に向けて企業および従業員の双方を支援するのが「セリフ・キャリアドック」なのだと思います。

それが今の時代に企業が生き抜くために必要なエンゲージメントの醸成につながっていくと思います。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

次回は、「上司とは、部下の成長と生産性の両方を実行していく」ということについて、詳しくお聞きしたいです。

高橋浩 (たかはし ひろし)

ユースキャリア研究所代表、日本キャリア開発協会理事。博士(心理学)、公認心理師、キャリアコンサルタント。1987年、NECグループの半導体設計会社に入社。エンジニア、経営企画、キャリア相談に従事。2011年退職し翌年、ユースキャリア研究所を設立。

現在は、大学講師、行政や大手企業でのキャリアカウンセリング、キャリア開発研修講などに従事している。また、2018 年から、厚生労働省委託事業にてセルフ・キャリアドック導入支援アドバイザーを務めている。主著『セルフ・キャリアドック入門』(共著・金子書房)、『社会人のための産業・組織心理学入門』(共著・産業能率大学出版会)。

採用・教育などのお悩みはこちらまで!お問い合わせ